業界スコープ

B8生徒SM君自殺事件(平成元年)

平成元年3月の20日前後の事でありますが、誠明学園の業界を震撼させる
事件が発生しました。
それはと言いますと、B8生徒でありますSM君(当時16歳)が首吊り自殺
図るという事件がありました。
筆者の手元には
・本事件の現場を発見した方
・事件前に本人と話をされた方
・事件があった事を問題職員MAの口から直接聞いた方

等の重要な第三者証人(法的には人的証拠と言います)がおります。

事件現場見取り図
事件現場の見取り図
画像をクリックすると、大きな画像でご覧頂けます。


それぞれの方の話をまとめて見ますと、
第一発見者でありますB1のSA君の証言によりますと、(筆者のいた寮の2つ下の
後輩に当たります)が食べ終わった食缶(食べ物が入った缶や入れ物の事を指します)を
食堂のワゴン置き場内にある置き場所へ返却をした後に寮へ戻るために図にもあります
小学部と講堂の間にあります通路(小学部の庭でもあり、寮から学校へ行く時の抜け道)を
通った際に講堂の階段にロープを掛けて首を吊って自殺を図ったSM君を発見しました。

発見者であるSA君はすぐに職員に事件を知らせました。

知らせを受けた職員が現場に急行し、SM君を介抱し、病院へ搬送しましたが、
病院でSM君は死亡したことを聞きました。
職員が急行した際にはSM君はまだ息があったということと、事件の3日前に家族で
旅行へ行き、誠明学園に戻ってきたばかりであった事を筆者が発見者より聞いております。

自殺の模様
発見者の証言を元に筆者が再描写した自殺現場の模様
画像をクリックすると、大きな画像でご覧頂けます。


もう一人の証人のB2のFU君によりますと、本事件が発生する前にSM君本人から
FU君に対して「僕がいない方がいいのか」という旨の話をされていた事を聞いたと
いうことと合わせて、部活においてスーパー問題職員YAから
・走っている時に後ろからSM君に対して飛び蹴りをした
・走っている時にわざと足を引っかけて転ばした
だけでなく、剣道の禁止技の「突き」を行ったり等をしていた事を目撃した等の
等の話を筆者は聞いております。

そしてB8のKI君は問題職員MAから電話にて「SM君が自殺をした」という話を
聞かされたという証言を筆者は聞いております。

筆者もこのSM君の事を昭和61年頃から知っていたのは事実であります。
当時の事を振り返ってみますと、おとなしい性格であったことを覚えておりますが
寮の手箱には納豆の藁で作った藁人形があり、寮生が気味悪がっていた事を
覚えておりますが、以前いたTE君の次の虐待のターゲットにされていたのは
事実であり、筆者もグランドにいてガ〇ジーやAMがマラソンを使った嫌がらせを
していたシーンを目撃しております。
この状況から寮でも学校でもSM君本人を守る人がいなく、一人で孤立していた
ような気がしてなりません。
本来であれば、SM君に対して職員がよりよくなる様に処置をしていかなければ
ならない生徒に対して執拗な暴力や虐待を行い、逆に孤立を深める方向へ
追いやり、最終的には自殺への道へ進んだのは事実であります。

そしてこの事件を公表せず、隠蔽して事件を隠した誠明学園と東京都福祉局
(現・福祉保健局)の隠蔽体質を筆者は許すわけには行きません。
この事件が発生してから今年で24年を迎えましたが、誠明の業界の体質は
相変わらず逃げと隠蔽の体質であるのは事実であります。
ですが、児童自立支援施設の業界は大きな変革の時期に入っているのは
事実であります。
先日の事でありますが、今年に入ってから大阪市の阿武山学園が大阪市の
公式HPにおいて「脱暴力」と「非暴力」宣言をした事は記憶に新しい事で
ありますが、筆者はこの事について28年前から誠明の業界で訴えて来ている
項目の一つでもあり、筆者としましては本当は大阪市より先にこの宣言を
誠明学園から聞きたかったのは事実であります。

東京都と誠明学園にはこの事件について公式に公表した上で、本事件の遺族に
対して補償と謝罪を行うだけでなく、他生徒やOB生徒に対する謝罪と補償も合わせて
行った上で過去の事を清算した上で「脱暴力」と「非暴力」について宣言を行い、
暴力と虐待がなく、生徒が安心できる誠明学園になって頂きたいと思います。



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2012/03/22(木) | 誠明学園 | トラックバック(0) | コメント(0)

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