業界スコープ

PC9800シリーズ(印刷業界編)

昭和63年当時、世間ではオフィスにパソコンが出まわり始めた時期で
あったことを覚えております。
当時のコンピュータの使われ方と言えば事務所で経理の計算をしたり、
複雑な学術計算をするために用いられるなど限られた用途で使われて
いたのも事実であります。
そして家庭にパソコンが入るのは1995年前後になりますが、この時、
筆者は既にワープロとパソコンが手元にあった事を覚えております。
このパソコンNECが世の中で空前の大ヒットを放ったPC-9800シリーズです。
なぜ、印刷の業界でパソコンが必要だったのかと言いますと、電算写植機の
編集機で用いているデータとワープロのデータには当然の事ながらデータに
互換性がなく、ワープロで入力したデータを電算写植機で使えるデータに
コンバート(変換)する必要があったのであります。
当時、筆者の勤める会社ではリョービの電算写植機RECS200が稼働しており、
文字の入力マシンとして富士通のOASYS100シリーズが使われており、
このパソコンを使って電算写植機に文字データを渡すために使うソフトは同じく
リョービ製のIP210変換ソフトでした。
このソフトは文字データの形式をワープロ(OASYS文豪)やMS-DOSのテキスト
ファイルを電算写植機の文字データの形式に変換をするだけでなく、
特定の文字を変換しながら置き換える機能が備えられておりました。

この変換ソフトを巡っては当時ON社のHOさんが2年がかりでワープロ上で
ルビ文字を入力するためのノウハウを凝縮し、変換テーブルという形式で
ソフトを後に販売することになったのは事実であります。
その一方で筆者はパソコンに興味を持つ様になり、ヒマな時に初歩的なBASIC
言語で遊んだり、MS-DOSについての書籍を読んだりしていた事を覚えております。
そして筆者はON社のIS次長が来る度に様々なソフトや使い方等を紹介して頂いた
おかげで、後に筆者は大がかりな入力ノウハウの開発をリョービのシステム向けでなく、
他社のシステムにおいても手がけることになり、最終的にはチラシ等の大量バッチ
処理の手法を編み出す事になったのです。

世間ではリョービのシステムだけでなく、写研やモリサワの電算写植機向けのソフトや
機器が次々に開発され、業界向け展示会において様々なシステムが発表されて
いた事を覚えております。
そして後に各ソフトメーカーからはPC-9800シリーズを対象とした電算写植機と
編集機の間を埋めるソフトが開発され、後のDTPの発達の基礎になったのは
言うまでもありませんでした。


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2011/08/20(土) | 仕事/公務編 | トラックバック(0) | コメント(0)

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