業界スコープ

昭和63年当時の会社の状況

筆者が就職した会社には社長のSAさんと従業員は父とMIさんと
ISさんとMOさんとKAさんがおりました。
新宿の狭いマンションの一室にはリョービの手動写植機のレオンマックス5Vと4Vと
スピカAPとリョービの電算写植編集機EP220Eが所狭しとひしめき合って
いたことを覚えております。
昭和63年当時はバブル真っ盛りで地価も上昇していたことと、会社の規模も
小さかったため、こういったマンションの一角を写植屋の事務所として開設
している会社が多かったのも事実であります。
筆者はと言えば新宿は東〇軒町にありますON社でワープロのトレーニングを
受けるため1ヶ月程おりました。

新宿新小川町郵便局
写真をクリックすると、大きな画像でご覧頂けます。
当時、筆者がワープロの講習を受けたON社があった場所。お隣には郵便局がありました。
後に建替えのため、ON社は近くの別のビルに移転しましたが、郵便局は現在も同じ場所で
営業しております。場所は飯〇橋の近くにある東五〇町という中小の印刷業者がひしめき合う
都内有数の印刷屋街の中にあります。


ここで筆者は初めてワープロという機械に触ることになり、後々までに影響を
与える事になりました。
そのワープロというのは富士通のOASYSというマシンです。
初めて触った機種は100FⅡという機種で画面がグリーンで表示される機種で
ありますが、富士通が生産したワープロの歴史の中で名機と言われるマシンでした。
この機種は筆者がワープロの基礎操作とキーボード操作を初めて学んだ機種でもあります。
筆者にとってこのOASYSというマシンとの出会いから今年で23年になりますが、
未だに編集部ではPCにはWinidows版のOASYSが搭載されており、各種文書の
作成には欠かせない存在となっております。
このOASYSとの出会いが後々筆者の生活の糧となるとは当時は思ってもいなかった
のは事実であります。
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2011/04/05(火) | 仕事/公務編 | トラックバック(0) | コメント(0)

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