業界スコープ

初出勤(昭和63年)

昭和63年4月1日は筆者にとっては社会でのデビューそのものだった事を
覚えております。
短い春休みも終わり、本日から出勤となります。
会社は新宿の富〇町の小さなマンション(昔、この建物の1Fにはラーメンしかない
ラーメン店があったことで有名です)の一角にリョービ写研の写植機を
持ち込んで大手印刷会社D社の下請けという中小企業であります。

メゾン新宿
写真をクリックすると、大きな画像でご覧頂けます。
筆者の社会における仕事始めは写真にあるこのマンションの3F左の部屋から始まりました。
当時、1F右には「南風」というラーメンしか置かないラーメン店(現・閉店)があり、左隣の建物は
コーヒーの卸売を営む商店(後にご主人がお亡くなりになりました)があり、筆者の父は時折、
コーヒーやココアをこの店で買い求めていたことを覚えております。


当日、朝、筆者は父と共に会社に出勤し、挨拶を交わしました。
まだ、電算写植の機械はリョービの編集機が1台だけ稼働しているという
状況でした。
筆者はここでワープロのオペレーターをすることになっておりましたが、
まだ機械は届いておりませんでしたので、午前中で帰宅したことを
覚えております。

----豆知識------------------------------------------------------------------------------------------
リョービ(現・リョービイマジクス)
娯楽用品や印刷機械や電動工具や家庭向け製品等多岐に渡る製品を製造する
広島県に本社があるメーカー
63年当時リョービ(旧リョービ印刷機販売)では電算写植機手動写植機
生産しておりました。
そして現在では写植機や編集機の生産をやめ、モリサワと同様に印刷用
フォントやオフセット印刷機を発売しております。
※ちなみに編集部では時折、リョービのフォントを使用して作品を制作しております。
 Windowsに標準搭載されている書体のMS明朝は同社が制作したことでも有名です。

写研
日本の写植機械の原点を作った企業。
日本でいち早く電算写植機を製造したメーカーとしても知られる。
63年当時は手動写植機電算写植機を作っておりましたが、
手動写植機PAVO-KYが最後まで製造されておりましたが、
現在は同社が得意とする独自の専用システムの電算写植機
展開しております。
印刷業界では写研の七不思議の一つとして今現在でも同社はHPを
持たないことでも有名です。

モリサワ (Wiki)
写植の機械の原点を写研の代表者である石井氏と森澤氏が共同で開発したが、
後に石井氏と森澤氏が別れ、森澤氏を代表者として大阪においてモリサワを設立した。
写植業界では今でも東の写研・西のモリサワとも呼ばれている。
63年当時は手動写植機電算写植機を生産していたが、後にMac DTPに流れ、
ソフトメーカーのアドビ・クォークやドイツ製ライノタイプ社のイメージセッター
の販売代理店を行うようになりました。
そして現在モリサワが発売するフォントのほとんどは手動写植機の時代に
開発されたものが数多くデジタルフォント化され、商業印刷の分野では
多く使われております。
そして自社製の組版ソフトも現在でも販売しております。

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2011/04/01(金) | 仕事/公務編 | トラックバック(0) | コメント(0)

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