業界スコープ

残酷な冬の到来(昭和62年)

昭和62年も残すところ1ヶ月ちょっとになりましたが、誠明の業界では
どこの寮も連日に渡る芸能祭の練習に追われる最中でありますが、
筆者の身の回りを見渡しますと中3の2学期の末期であるにも関わらず
進路問題は相変わらず問題職員ネットワークの手によって妨害され、
在籍校連絡会も保護者連絡会の席においても進路問題は進展はなしの
ままの状態であり、加えて地上げ屋職員YAやスーパー問題職員YAによる
度重なる暴力などに筆者は悩まされる日々だったことを覚えております。

まわりでは進学する者は放課後に補習授業を受けたり、学校見学等で外出
したり、就職であれば内定をもらったり、職安からの求人票をみて就職する
会社を決めて面接を受けたり、実習に行く者がいたりする中で筆者だけが
まわりから取り残された状態になりつつある現状の中で何もできない状態が
続いていたのは事実であります。
いくら職員に話をしたところで返ってくる答えはお決まりのとぼけトークで
堂々巡りするだけで決まらない進路にイラついていたのは言うまでもありません。
そして季節は残酷にも冬へと突入していったのです。
就職できなければ最悪は学園に残留という事態(当時は現在のように高等部
はありませんでした)にもなりかねない事が頭の中をよぎっていたのも事実で
あり、焦りはつのるばかりだった事を覚えております。
どうすることもできなかった筆者は時が過ぎるのを待つ以外に方法がなかった
のも事実であります。


23年経った今、昭和62年のことを振り返ってみますと、本当に悩み多き
残酷な15歳の冬の始まりだったことを覚えております。
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2010/11/27(土) | 誠明学園 | トラックバック(0) | コメント(0)

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