業界スコープ

東北地方太平洋沖地震から6年

本日は平成29年3月11日です。今から6年前のこの日、岩手県沖を震源とする
東北地方太平洋沖地震が発生し、尊い命が犠牲になったばかりでなく、
津波の影響で東京電力福島第一原子力発電所の非常電源が失われた事により
原子炉が破損し、6年経った現在でもご自宅に戻れない方もおり、未曽有の災害の
恐ろしさを地で見せつけられたのは事実です。

昨年の特集以後、筆者はあの震災当日の事を記録するべく、越谷市の被災現場と
なった越谷レイクタウンを取材し、当時の様子を振り返ってみることにしました。

越谷レイクタウン概略図と当日枠付き

被災当時の事を思い出しますと、イオンアウトレット2Fの現場兼資材置き場で筆者は
ダウンライトの器具に使うトランスを1Fの作業現場に持っていく準備をしておりました。
しばらくして建物が揺れだし、「あれ、地震だ。すぐに収まるだろう」と思っておりました。
ですが、揺れがだんだん激しくなり、「これはえらい事だ」と思ったのは事実ですが、
天井がつり下げられていた誘導灯が大きく揺れ、ストンと玄関のドアの桟の部分に
乗っかったのです。

資材置き場 工事が終わった後に資材置き場としていた2Fの被災現場(筆者撮影)

揺れがおさまり、しばらくしてから筆者はダウンライトのトランスを持って親方の所へ
行きました。

作業現場 当時、作業現場だった1F店舗(筆者撮影)


親方は揺れた当時、ローリング梯子の上にいましたが、これはと思って飛び下りて
無事だったと云っていましたが、元請けの親方は天井裏の中におり、激しい揺れで
脱出するのは危険と判断し、その場で釣り天井の全ネジにしがみついていたとの
事ですが、無事だったのです。
外を見ますと、営業しているモールからは従業員がお客様を階段で誘導して避難を
しておりましたが、しばらくして現場内では「映画館の天井が落ちた」という情報が
出回った事を覚えております。


営業店内での揺れの様子(You Tube yasagurya様撮影)

時刻は15時を過ぎ、これ以上作業を続行することは危険と監督が判断し、当日の作業は
中止となり、帰ることになりましたが、電話が錯綜してかからない状態になり、筆者の兄と
連絡が取れなくなりましたが、運がいい事にB2のYA君からの電話がかかり、被災安否を
聞いたところ「食器棚のガラスが割れた」という話を聞きました。
回線が錯綜しておりますので、手短な話しかできませんでしたが、ホッとしたのは事実で
あります。

帰宅するために駅前の駐車場へ向かう最中で営業店内から続々と外への避難が続いて
おりましたが、スーパーの女性店員さんが同僚の方2名に両肩で担がれて避難している
方もおりました。
そして、2回目の大きな揺れが来た時、筆者と双方の親方は駅とつながるスカイデッキが
ねじれているシーンを目撃しました。
揺れの影響からか、壁面のALC壁が壊れ、落下しておりました。
揺れがおさまってから、スカイデッキの下にあったペットショップの店員さんに事実を伝え、
店員さんはすぐにどこからとなくカラーコーンを持ってきて危険箇所を囲いました。

周辺道路は渋滞を起こし、動かない状態となっておりましたが、筆者が抜け道をたまたま
知っていたため、何とか無事に事務所に戻り、取材カーで緊急に掃除機を買い求め
編集部に戻ってきましたが、イメージスキャナーが1/2程、パソコンデスクからはみ出し、
もう少しで落下するところで止まっていました。
その他の箇所も点検を行い、大急ぎでテレビをつけ、情報を集め、緊急特集の記事を
書いた事を覚えております。


震災当日の事を振り返ってみましたが、当時の事を思い出しますと、テレビでは、被災地が
津波に飲み込まれるシーンから始まって大規模な火災の模様が次々と流れていた事を
覚えております。
今年で震災から6年を迎えますが、この震災でお亡くなりになられた方に対しまして筆者・
編集部では哀悼の意を表しますと共にご冥福をお祈り申し上げます。
災害はいつ起きるかわかりません。読者の皆様には日頃からの備えがいざという時に
役立ちますので、日頃からの準備をお願いしたいかと思います。


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2017/03/11(土) | 震災・災害等 | トラックバック(0) | コメント(0)

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