対応しきれなくなったため、茨城県つくば市に事務所を開くことに
なりました。
この動きと合わせて筆者と父と社長は立ち上げに奔走するべく、
深夜の常磐道を往復する日々が続くことになりました。
そして新しい事務所には新品のワープロが並び、FAXで原稿が送られて
入力が行われるようになりました。
そのため、FAXが連日のように稼働することになり、通話料金が月で
8~10万円を超える事態となりました。
何せ、一回の原稿の送信で送る枚数はレイアウト用紙も合わせて2~30枚を
超えるわけですから、膨大な通信時間を要することから入力が完了する
までにFAX受信から入力が完了するまで半日は要することも問題になった
のは事実であります。
そして、当時、現在のように入力されたデータをメールで送信といった
機能はありませんでしたので、入力が終わったフロッピーを父が
アタッシュケースに入れて茨城から東京まで高速バスを利用して運ぶこと
になるわけでありますが、ここでも交通渋滞の問題があったのは事実です。
そこで父はつくば市内で先端の通信技術等を探るべく歩き回り、行き着いた
のはISDN回線の導入でした。
このISDN回線は今では当たり前になっておりますが、当時は時代の最先端
であったのは事実ですが、筆者の勤める会社ではこのISDN回線が大活躍
することになろうとは思っていなかったのは事実であります。
2013/06/12(水) | 仕事/公務編 | トラックバック(0) | コメント(0)